三十三観音霊場といえば、西国三十三所ですが、東北という立地ですと、なかなか巡礼することは難しいのが現状です。
また、関東にある有名な坂東三十三所、秩父三十三所という所謂「西国写し霊場」についてもやはり同じです。
(用語)「西国写し霊場とは」
『西国霊場巡礼が盛んになると、地方の大名などが自分の居住する周辺に西国霊場を勧請して新たな観音巡礼を作るようになった。これを「西国写し霊場」という。最も早期の西国写し霊場は源頼朝創建と伝える坂東三十三箇所であるが、これは鎌倉時代の天福2年(1234年)以前には既にあったという確実な史料[41]があり、かなり古いものである。室町時代になると秩父に秩父三十四箇所も創建され、西国・坂東・秩父を合わせて「百観音」というようになり、百観音巡礼をする修験者なども増加した(ウィキペディア)』
ただ、三十三観音霊場と言うのは、全国に沢山存在するのはご存知の通りです。むろん東北にも沢山の札所があります。東北で一番歴史的に古くて有名な札所は「奥州三十三札所」だと思われます。
これは宮城・福島・岩手の三県にも及ぶ広範囲の霊場なので例え車を使っても三十三か所(+番外三か所)巡礼するには結構苦労します。
私は、過去に精神的に厳しい時代があり、この観音巡礼に救いを求めていた時期がありました。私はこの奥州三十三か所をはじめ、仙台三十三か所、最上三十三か所(山形)、置賜三十三か所(山形)、計120の観音霊場を妻と二人で全て巡礼しました。もちろん歩きではなくて車移動ですが……
巡礼してみると、同じ三十三霊場でも雰囲気が大きく異なります。
私が一番感動した三十三所は、最上三十三所でした。何といっても「拝む」ことを前提に、全ての観音堂が開放されており、どの札所でもお堂の中で座って礼拝ができるよう整備されていました。香炉、燭台はもちろん木魚まで巡礼者用に準備されています。
「拝むことが前提ってあたりまえだろう?」
と思われるかもしれませんが、地方の霊場は残念ながらそうはなっていないことが多いのです(詳しくは控えますが……)
また地方のお寺を参拝すると、その地方、地方の歴史に触れられるのも観音巡礼という目的以外に、ちょっとした楽しみでした。仙台では圧倒的に伊達家の歴史を境内で伺いしることができます。それこそ、前回の記事で書いた伊達騒動のことに関する悲しい記録(記憶)が境内で感じ取れる場所もありました。
時にその地方の名もない長者さまのご活躍の話、地方のお姫さまの物語……お寺をじっくり回るとその時代の息吹を肌で感じることができます。そしてその多くは、現代とは比べくもない厳しい時代であったので悲しいお話しであることが多く、今が如何に「幸せな時代だ」ということも改めて思い知らされることも多くあります。
ただスタンプラリーのように御朱印をもらうだけでなく、じっくりと観音さまと向き合い、そしてお寺の境内をゆっくり散歩してその時代の空気感を感じることができれば、多くの悩みは自然と治癒していくように思いました。
もちろん家で礼拝することも重要だと思いますが、時にこのような「行動量」が心に大きく効いてくることもあります。
是非、皆さんの近所にある三十三観音霊場をお訪ねみては如何でしょうか?(^^)
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