准胝院のブログ

八王子市で准胝仏母を本尊とする祈祷道場「准胝院」のブログです。リンク 准胝仏母祈願道場「准胝院」について https://ryona.hatenadiary.jp/entry/2021/11/01/0636 ※天台寺門宗教師 亮和

摩怛利神 ~疫病退除の神~

 先に予告した通り、「疫病退除の神」として大黒天、『摩怛利神(またりしじん)』を考察したいと思います。

 前回記事にした通り、私はかつてこの『摩怛利神(またりしじん)』の軸を手に入れました。

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 「摩訶伽羅天」というタイトルで出品されていたものをオークションで落札しましたが、軸のケースには「麻怛利神王』の文字がありました。当時の私はこの名前に全く心当たりがなかったので、師僧にお聞きすると、本来「マタリ」は「母」の意味で、『七母天』のことを言うことを教えていただきました。

 だから私の軸を見て「下にいる童子が、七人いるから七母天だろう」ともご指摘いただきました。

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 では、なぜ「七母天」の中央に摩訶伽羅天がいるのか?

 ポイントは七母天が『焔摩天』の眷属であることだと思います(大日経義釈)。とすると……本来「摩怛哩神曼荼羅(この軸)」の中心は『摩訶伽羅天』じゃなくて『焔摩天』では?となりそうです。

 しかし前回の記事で書いた通り『摩訶伽羅天は焔摩天と同体視されていた』ので摩訶伽羅天が焔摩天の眷属である七母天を従えても全く問題ない訳です。

 『大日経疏』での摩訶伽羅天が荼枳尼天を教化した有名なエピソードから摩訶伽羅天と荼枳尼天の結びつきは非常に強いことが分かります。しかし『荼枳尼天』は胎蔵曼荼羅の配置から七母天と近しい存在であり、七母天同様に『焔摩天』の眷属です。つまり摩訶伽羅天と焔摩天が同体視されたパイプ役として荼枳尼天が無関係ではないように思います。

 つまりここで押さえておくべきポイントは、摩怛哩神曼荼羅に描かれている摩訶伽羅天は「福の神としての大黒天」という属性より「焔摩天」と同体視される「冥府神」としてのお姿であると言えます。

 

 さて、ここで摩怛利神に関する研究をご紹介します。

埼玉民族の会に寄稿された矢嶋正幸先生の研究です。

『摩多利神と摩怛利神ー利根川流域を中心とした疫除神についてー』(埼玉民族 第三十六号)

『マタリ神信仰の諸相』(埼玉民族 第三十七号)

 この研究を拝見すると、妻沼聖天山にある摩多利神社が江戸後期に摩怛利神信仰のセンターであったことが書かれています。つまり摩怛利神信仰の中心は埼玉を中心とした北関東・東関東だったことが伺えます。また摩怛利神法が東密で行われる修法であることが関係してか、真言宗のお寺が信仰の中心となっていたようです。

 ただ私の手に入れた摩怛利神王のお軸は大阪泉地区『稲葉邑極楽寺』(廃寺?)のものです。矢嶋先生の研究には、確かに関西地区では大阪泉地区で摩怛利神信仰の痕跡が明治期を中心にあったと書かれています。しかしながら江戸期の資料はあまりないようでしたので、天保年間に摩怛利神法が修された記録があるこのお軸の情報を矢嶋先生にさせていただきました。

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(※矢嶋先生からはご丁寧にご連絡を頂戴し、摩怛利神信仰に関する貴重な資料だと言っていただきました!)

 

以下のページで『摩怛利神法』が閲覧できますね。

http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_ID=G0003917KTM&C_CODE=XSE1-03509

 

 結局今回も色々調べてみると、「焔摩天」の眷属である「七母天」を従える「摩怛利神」のご縁の強さをますます感じる結果となりました。私の今の職業(医療関係)と計らずもご縁をいただいた准胝尊、焔摩天、摩怛利神のことを想うと、将来の「病気退散」に関する祈祷を中心にやっていくのかな?なんて想像してもいます。……困難な道だとは思いますが与えられた使命ならばやるしかないと思っています!

 

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