准胝院のブログ

八王子市で准胝仏母を本尊とする祈祷道場「准胝院」のブログです。リンク 准胝仏母祈願道場「准胝院」について https://ryona.hatenadiary.jp/entry/2021/11/01/0636 ※天台寺門宗教師 亮和

平清盛と荼枳尼天

源平盛衰記』全釈(三―巻一―3)

著者早川 厚一, 曽我 良成, 橋本 正俊, 志立 正知

という論文を見つけて読んでみたら、なかなか面白かったのでちょっと紹介します。

 『源平盛衰記』といえば平清盛などが荼枳尼天の修法を行っていたといわれ、『源平盛衰記』には清盛が狩りの途中で荼枳尼天(貴狐天皇)と出会い、この修法を行うか迷う場面が記されている[21]。ただし、『源平盛衰記』はあくまでも後世に書かれた文学作品であり、清盛が実際に荼枳尼天の修法を行っていたとする根拠はない(ウィキペディア)』とある通り、荼枳尼天信者はよく知るエピソードだと思います。

 私も「平清盛荼枳尼天」のエピソードの断片は知っていましたが、原文を読んだことはなかったのでいい機会でした。

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清盛と荼枳尼天歌川国芳
盛衰記人品箋 1840年

 

 まずは該当箇所の原文から行きましょう。

 『同人行陀天清盛、後のち憑たのもシク思ひテ弥いよいよ致二精せい誠ぜい一を、祈念シケレ共、余りノ貧ひん者じや也ケレバ、倩つらつら案ジテ思ひケルハ、「我諸国庄園ノ主ぬし也。縦ヒ何なにトナケレ共、生しやう得とくノ報トテ、身一ツ助くル分ぶんハ有るゾカシ。況んや、清盛ガ身ニ於テヲヤ。希き代たいノ果報哉」ト怪しむ処ニ、7或時、蓮れん台だい野のニシテ、大きナル狐ヲ追ひ出だシ、弓ゆん手でニ相ひ付けテ既ニ射ントシケルニ、狐、忽ニ黄女ニ変ジテ、莞爾と笑ヒ、立ち向テ、「ヤヽ、我が命ヲ助け給ハヾ、汝ガ所望ヲ叶ヘン」ト云ひケレバ、清盛、「三五矢ヲハヅシ、「イカナル人ニテオハスゾ」ト問フ。女、答へて云はく、「我ハ七十四道中ノ王ニテ有るゾ」ト聞こユ。「偖さてハ貴き狐こ天王ニテ御座ニヤ」トテ、馬ヨリ下りテ敬屈スレバ、女、又本ノ狐ト成りテ、コウく鳴きテ失せヌ。』

引用「源平盛衰記

 漢文、古文が苦手な私でもうっすら意味がとれました。

 冒頭でタイトル紹介した「論文」に、この原文に対する注釈が詳しく書かれていたので、少しピックアップして紹介します(※印部分は私見です)。

源平盛衰記では「荼枳尼天」が「貴狐天王」という名で語らる霊験譚がある。
・清盛の貪欲な富裕への希求が、荼枳尼天信仰へと導くことになる。
・場面は京都北部の紫野の船岡山付近で古来より墓地・火葬場として知られる場所。

※「墓地・火葬場」がヒンドゥーの鬼神だったダーキニーが生息するのが墓地だったといことを「知ってて」そうしたのか?少なくともそういった当時から荼枳尼天に、こういった「負のイメージ」があったことは確かんでしょうか。さらに、この論文では一四世紀中ごろ成立の『稲荷大明神流記』には、船岡山付近に住む老狐の夫婦が、稲荷の眷属となる逸話があることを指摘しています。
・登場する「黄女」が荼枳尼天だと思われますが、「光をはなつほどなる女」としたり、狐=黄色が五行説において土徳と位置づけられるなど(吉野裕子)諸説あるようです。
・狐は、『今昔物語集』『木幡狐』『玉藻の前』など、物語でしばしば女性の姿となって現れ、さらに狐を使いとし、ダキニ天とも習合した稲荷神も、女性の姿となって現れるとある。 

・文中にある『貴狐天王』は騎狐天王、黄狐天王との漢字をあてることもあるとする。※『騎狐天王』が最も分かりやすいですね。

・美濃部が紹介する『弁才天利益和談抄』には、「山城国稲荷大明神ハ・枳尼天にて黄狐天皇とし給ふ。弁才天女の垂迹にて一切に福をあたへ、国家をまもり給ふ事あらたなり」を紹介する。

弁才天の容姿の影響を受けていることがここで伺えますね。
 

 さて、ここからが「焔摩天信者」でもあり「荼枳尼天」でもある私が最も興味深いと感じた記事(実はこの話、知っていましたが)。やっぱり「荼枳尼天」は「焔摩天」とのつながりは濃厚!!
・『名波弘彰は、ダキニ天法が焔摩天供の別供から独立したもので、これにともなってダキニ天も独立した信仰対象となったと指摘する。これを受けて中村禎里は、時代による焔摩天曼荼羅の変遷を分析し、「一二世紀には女形を取りはじめ、狐との習合も明らかにしつつあった」と結論した。』

 以下は有名な『大日経疏』の話
・『ダキニ天について説明する『大日経疏』によると、彼らは人が死ぬ六ヶ月前にそのことを知り、その心臓を食らい、人黄を食らうことによって、一日に四域を巡り、すべてを意のままに獲得できるという』

 また、以下の有名な論説ですが一応引用
・『中村禎里はダキニが騎狐女神像として形象化される経緯について、閻魔の眷属としてのダキニから、野干(ジャッカル)=狐という誤解、両者にみられる葬地出没行動と死体嗜食という共通性、さらには図像の世界におけるダキニと弁才天との習合などを考察する(他に、笹間良彦参照)』

 さて、今回はじめて「源平盛衰記」をざっと流し読みしてみて思ったのが、この荼枳尼天のエピソードに限らず仏教に関する霊験譚が多く登場する印象です(大威徳明王の調伏の話とかもありました)。一度、現代語訳版を購入して全部読んでみるのも面白いかもしれませんね。

 参考文献:『源平盛衰記』全釈(三―巻一―3)著者早川 厚一, 曽我 良成, 橋本 正俊, 志立 正知

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