准胝院のブログ

八王子市で准胝仏母を本尊とする天台寺門宗祈願寺院「准胝院」のブログです。准胝仏母祈願、不動明王祈願、人型加持(当病平癒)、先祖供養(光明供)、願いを叶える祈願(多羅菩薩)、荼枳尼天尊(稲荷)の増益祈願等

「微妙な感覚」を拾い上げる

 今日は仕事で、古巣である「仙台」に行ってきた。東北新幹線「はさぶさ」であれば東京―仙台間は一時間三十分ほどなので、楽々日帰りできてしまう。

 八王子に越してきて、まだ一か月しかたっていないが、不思議なもので「本拠地」が変わると「ああ〜帰ってきた」という感想はすでになく、風景もどこかよそよそしく感じられた。

 客観的に見ればどれも見慣れすぎた風景なはずなのになんとも居心地が悪い。

 ただ、日本人だからなのか、はたまた修験者のはしくれだからか、「山」を見たときだけ「なつかしさ」と言うやや強い感情が湧き上がった。

 一つは新幹線の車窓から、白石蔵王駅に差し掛かると目に飛び込んできた蔵王連峰。仙台に長くいるなら「蔵王修験」のことを突っ込んで調べてみようなんて意気込んでいたが、全くその後の行動までたどり着けなかったことにに苦笑いが漏れる。僅かばかりの後悔の念が無いわけではないが……後の祭りだ。

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「まもなく仙台駅に到着します」というアナンスが聞こえると、何度その風景を見たかわからない「仙台富士」と呼ばれる「太白山」が見えた。

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 仙台の人は、この太白山を見ると「仙台に帰ってきた」と思うらしい。今まで感じたことがなかったが少しだけその「感じ」がわかったような気がした。「少しだけ」というのは私がいた13年という期間に見合った「仙台人」としての自分なのだと思った。

「自分の本拠地はどこにあるのか?」

 これは比較的心の深い部分に、「過ごした時間」と、「それ以外の要素(例えば気学でいう土地の自分との結びつき)」など様々ことがあって今日のような「微妙な感想」が生みだすものなのだろうと「なんとなく」感じる。

「なんとなく感じる」という「なんとなく」の正体。プロセス志向心理学のミンデル博士はこのような「微妙な感覚こそ力がる」なんて不思議なことを言う。

 それは多くの場合心の深い部分がかかわっているので「無視」せずに取り上げてみると隠れた自分の特性を見つけるチャンスらしい。

 話が飛躍して「虫の知らせ」もこの類で、その延長にあるなんて「心理学者」がするものだからユニークを通り越して「怪しい」なんて評価がつきまとう。まあ、私がミンデルフリークであることはこのブログで何度も書いたとおりなんですが。

 だから、私は今日の、こんな「微妙」を感じをすくい上げる癖がある。もう一人の自分を知るための絶好の機会なんて期待もしてみる。

 そして今の私の立場なら「それも修行」と声高に言ってみるが、それは言いすぎだろうか(笑)

 

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