昨日「三峯神社」に参拝した。
「三峯神社」は埼玉県の秩父地方にある有名な霊場なので特に関東圏の方はご存知の方は多いと思います。特に「おいぬさま信仰」で有名であろうか。
ただ、知る人ぞ知る、ここはもと天台寺門系本山派修験道、関東最大の霊場。そして十一面観音を本地とする「三峯大権現」であり、観音院高雲寺という聖護院の末寺でもあった。例によって神社になったのは明治の神仏分離、廃仏毀釈後のこと。
むろん天台寺門宗の末席を汚す当院としてもご縁が深い霊場ということになる。
また、埼玉県所沢市出身の私にとっては幼少期からこの「三峯神社」は馴染みのある霊場だった。三峰神社には西武線「西武秩父駅」から秩父鉄道に乗り換えるか、バス利用か。
だから「所沢」という西武線の代表的な駅が最寄りだった私にとっても「三峯神社」というワードは、駅のポスターなどでもよく見かけるし、割と身近なものであった。
さて、昔話のお時間です。
高校時代「三峯神社」にまつわることで、強烈体験をしている。大げさに表現するならば、私は高校時代に三峰神社で遭難しかけている。今思い出しても私の中ではその時のエピソードは「不思議体験」として記憶されている。
なぜ一人で、しかもなんの計画もなく急に三峯神社に行ったのか?理由が分からない。信仰心も今のようにあるわけではなかった。
しかし、とにかく私は昭和60年5月3日に三峯神社に一人で行っている。高校2年の時だ。
なぜ日にちを覚えているか?というと、その日のスナップ写真がアルバムに残っており日付が書かれていたからだ。
↓当時のスナップ写真
髄神門 四十年前の姿と、現在の姿 綺麗に朱が塗られているのが分かりますね
2007年にケーブルカーは廃止されたが、当時はまだ運行されていたのでそれに乗ることもできた。しかし、高校生ゆえに脚力にはある程度自信があり、同じく高校生ゆえに金銭的には余裕のない私の選択肢は当然「徒歩で登る」がベターな選択だった。
正確には覚えていないが、アルバムの写真には滝が映っているのでおそらくは表参道ルートを通っていたのだと思う。
当初の目的地であった三峯神社には1時間程度でスムーズに到着したように思う。ここまでは特に問題はなかった。
しかしこの後の選択が良くなかった。「私はなぜあんな無謀な選択をしたのか?」とこのエピソードを思い出すたびに考えていたのだが……昨日、40年の時を経てその答えが少しだけ明らかになった。
おそらく40年前、私は境内にある「遥拝殿」に立ち寄った。そしてこの時私は何かにとりつかれたことを思いだしたのだ。
そこで目にしたのは、眼前に広がる奥宮である「妙法ヶ岳」の姿だった。
高校生の私はなぜかこの時「あそこに行かねば」と強く思ってしまった。
しかし妙法ヶ岳の標高は1332mである。何の準備もなく、軽装で行っていい場所ではない。しかしその時の私は、根拠のない思いつきと勢いだけで地図も持たず、軽装のままその山頂を目指すという暴挙を実行に移した。この時、落ち着いてビジターセンターなどで地図を手に入れ、話をよく聞いて正規のルートを行けば問題にはならなかったかもしれない。
しかし、この時の私はどこまでも浅慮であった。調べもせず「きっとこうに違いない」という曖昧な思い込みから、たまたま目についた山道を進み出してしまった。その小さな山道は昨日まさに40年ぶりに確認できたのだが、遥拝殿の右側から小さな山道が一本伸びていた。方向的には確かに目の前に見える妙法ヶ岳山頂へと続いているように見えた。だから当時の私は迷うことなく、その細い山道に足を踏み入れたのが想像できた。
しかし勢いづいた当時の私でもその道を進んですぐに「異変」に気づいた。その山道は、あまりに整備が行き届いていなくて、とても参拝者が通ることを想定していないのだ。ただ異常だと感じながらも、当時の私は若さゆえの自信と体力に任せて、あえてその疑念を封じ込めてただただ前に進んでしまった。
しばらく進むと途中で道が崩れて通行できなくなっている箇所に出くわした。崩れたまま放置されている状況を見れば「これはさすがにおかしい」と気づいてしかるべきだった。しかし、私はまたもやその疑念を封じ込め、木の枝にしがみつきながら無理やりその崩れた道を前に進んでしまったのだ。今思えば、誰も通ることのないこの小さな山道で滑落していたらと思うとゾッとする。
それからさらに進んだが、一向に目的地に到着する気配がない。やがて日が傾き、あたりが暗くなり始めた時、ふと我に返った。
しんと静まり返った薄暗い山中。そこに一人でぽつんといる異常さ。急にとてつもない不安感と焦燥感が押し寄せた。
ここでようやく気付いた「俺は何をやっているのだ?」と。
この時に「引き返そう」という決断を下せたことが、ほんとうに救いだったと思う。
あのまま突き進んでいたらどうなっていたことか……
信仰心のない高校生の私ですら、この判断を下せたことに対して「何かに助けられた」と感じたものだ。
帰りは慎重に、先ほど渡った崖崩れの場所を再び越え、元来た道をなんとか戻ることができた。無事に神社にたどり着いた時、私はその場に崩れ落ちそうなほどの安堵感に包まれたのを覚えている。あの無謀な行動はいったいなんだったのか?昨日もその答えにはたどり着けなかったが、次回には当時の私の思いを遂げるべく「妙法ヶ岳」の奥宮への参拝はしなくてはと強く思った。
むろん昨日は行き当たりばったりで奥宮へ行こうなんて無謀な判断はしませんでしたよ(笑)
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