序文
昔の夢シリーズの再投稿&再解釈です。
不思議なことに、この夢をふいに思い出しました。夢とは多くの場合、目覚めとともに消えていくものです。けれども、時を経て再び心に蘇る夢には、いまの自分に関わる意味が潜んでいるのかもしれません。時間を置いて読むからこそ、新しい解釈が見えてくることもある。だからこそ、印象的な夢はこうして記録しておくべきだと思います。
再度読んで確認しましょう!
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本文(小説風・増補版)
鳥居をくぐった瞬間、空気が変わった。
光を受けて白く乾いた石段が上へ上へと続き、両脇の石灯籠は苔に縁どられている。音は遠く、山全体が息を潜めているようだった。
その中ほどで、白いワンピースの若い女性が立ち止まっていた。
「これ、どう思います?」
突然の声に振り向くと、彼女は中門を指して小さくため息をついた。紙や布の飾りが揺れているが、どこか落ち着かない。
「祭りの準備ですかね」と言うと、彼女は首を横に振った。
「これじゃ駄目なのよ」
彼女は俺の肩に顔を寄せ、空を指した。
「指の先に、何が見える?」
見上げると、白昼の空に細い三日月が浮かんでいた。中門の真上、偶然とは思えないほど端正な位置に。
「分かるでしょ?」と、挑むように笑う。
俺は不意に言葉が出た。
「門の上に像を据えて、月を迎えるべきなんじゃないですか」
「そう! それよ!」
彼女は嬉しげに俺の肩を叩いた。その掌の熱は、喜びというより炎のひらめきに近かった。
「奥の院に、その像があるわ。取りに行きましょう。ただ、この寺は無人で、檀家の有志が祭りをしているだけ。念のため総代には一声かけておきましょう」
本堂では、年配の総代が準備をしていた。事情を話すと、朗らかに笑って「好きにやってくれ」と承諾してくれた。俺と彼女は礼を言い、奥へ向かった。
木立の奥に小さなお堂が現れた。苔むした屋根は傾ぎ、扉は軋み、内部は厚い埃に沈んでいる。
「ここに?」と問うと、彼女は静かに頷いた。
「あるわ、あそこ」
視線の先には白布に包まれた四つの塊。近づくと、長い時間に染み込んだ土と古木の匂いが立ちのぼる。
布を外すたび、獣の像が現れた。どれも既知の仏神像というより、太古の山の気配が凝ったような姿だ。
最後の布を剝いだとき、朱で彩られた鳥の像が現れた。嘴を天へ突き上げ、翼を静かに畳んで立っている。塗りの赤は褪せながらも、どこか濡れたような光を湛えていた。
その瞬間、白昼の三日月が脳裏に鮮やかに重なった。
「ああ、これだ」
思わず口をついた言葉に、彼女は深く頷いた。
「やっぱり分かったのね」
像を抱えて中門へ戻る途中、彼女がぽつりと言った。
「あなた、お坊さんでしょ?」
「まあ、一応は」
「なら、この寺に入ればいいのに。本堂の向こうに庫裡が見えるでしょ」
確かに、二階建ての家屋が遠目に覗いている。
「いや、家族もいるし……さすがに無理だよ」
現実の都合を口にすると、彼女の表情に薄い影が落ちた。
「そう……残念ね」
その言葉を最後に、彼女の輪郭がふっと薄れ、視界から掻き消えた。腕にあったはずの朱の鳥の重みも、いつのまにか失われていた。
周囲を見回そうとした瞬間、景色が揺らぎ、俺は布団の中で目を開けた。
「夢、か」
けれども、白昼の三日月と朱の鳥の鮮烈な色だけは、目覚めの後もはっきりと残っていた。
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解釈の余韻
昨日書いた記事では、三面荼枳尼天を「増益の象徴」として記した。そのとき、当院の本尊・准胝仏母が本来あらゆる願いに応える尊でありながら、信者さまの多くが求めるのは滅罪と息災であることにも触れている。そうした傾きとの均衡を取るかのように、この夢に「増益」を象徴する姿が現れたのかもしれない。
准胝仏母の衣は白である。
その白は秋月の光を思わせると同時に、烈々たる太陽の光をも孕む。月なのか、太陽なのか。あるいはその両義を抱え込み、陰と陽の境を超えた光そのものなのかもしれない。
夢に見た白昼の三日月と朱の鳥。そこに映っていたのは、探し求めるべき太陽の兆しか、あるいは月と太陽の和合の光景だったのかもしれない。時間が経ち、再び思い出すことで、この夢は新しい声を放ちはじめているように思える。
