地道に密教修行

天台寺門宗の祈祷寺院にて密教の修行しております「亮和(りょうな)」と申します。修行、信仰を通じて感じたことなどを綴っていきます。※過去(本格的な修行前)に「地道に観音信仰」というブログを運営しておりました。どうぞ気楽にコメントいただけると嬉しいです!

無関心より残酷なことない

 つい先日、海外でもちょっとした騒ぎになったアニメ「進撃の巨人」の一コマ。左端に映る少女サシャのセリフに注目。

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引用:TVアニメ「進撃の巨人」The Final Season NHK総合

   日本人はこのシーンを見ても何の感慨もなくスルーしてしまう事と思う。

 しかし海外ではこのシーンを見た多くの視聴者が「凍り付き」または「苦笑して」または「爆笑」した。以下のリアクション動画を是非見てほしい。こんなリアクションをする日本人はまずいないと思う。

海外のリアクション⤵

youtu.be

 恥ずかしながら私もまさか海外でこのシーンがこれほどまでに話題になるとは思ってもみなかった。この問題に対する意識の低さを痛感する。

 しかしこのアニメの著者「諫山創」は意図的に「敢えて」この問題をここで取り上げている。想像だがこの作品が明らかに海外の視聴者を意識して描かれているからだ。

 そしてこの「爆弾発言」の後にイケメンの黒人のセリフがまたよい。

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引用:TVアニメ「進撃の巨人」The Final Season NHK総合

俺達を創った奴はこう考えた。いろんな奴がいた方が面白いってな。

 

 さらに、彼は世の中にはいろいろな人がいて、それぞれに個性がある。そしてどの人も求められたから存在しているのだ、と言う。

 確かにど正論だが、これを敢えてアニメでやって見せるのが凄い。

海外でもこのシーンは賛否あったようだが、概ね「評価する」リアクションが多かったと聞く。

 日本のブログでもこの記事を多く取り上げていた。なかには(私のこの記事のように)そこを切り取って「素晴らしい」という行為そのものが差別意識だという論説もあった。

 でも私は少し違うと思った。「差別意識がない人間」と「差別問題に関心がない人」とは違うと思うからだ。所謂「無関心より残酷なことない」というやつだ。

 著者はまるで日本の読者、視聴者が海外の読者、視聴者とこれだけリアクションが違うことを見せるために敢えて「仕込んだ」のではと思えてくる……

 著者の諫山創……おそるべし。

 

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地震の後に

 
 少しブログ更新が空いてしまいました。

 さて、ご承知の通り昨晩、福島県宮城県を中心に大きな地震がありました。
 私の住む仙台市も震度5強、震度6弱程度の大きな揺れがありました。

 揺れの大きさ、長さから東日本大震災が一瞬フラッシュバックしましたが、電気、ガス、水などのインフラは全く止まらなかったのでホッと一息です。

 ただ家の中は少しばかり散乱しました。

 一番の被害は、祭壇と仏壇でした。

「落ちなかったもの」

「落ちたもの」

「落ちて破損したもの」

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 仏壇にある5つの位牌で「落ちて破損したもの」が義父のもの1体だけでした。

 また祭壇から床に「落ちた」仏像が16体中、6体ありました。その内「落ちて破損したもの」が1体。

 私はそれらを元に戻しつつ「その意味」を考えてみた。

 一つの答えとして普段、祭壇に向かって「あまり意識に登らない」尊格が申し合わせたように落下しているように感じた。

「おい、我々を放っておく気か?」

 それらの像がそんな主張しているように思えたのだ。

 「そう思った」時点で、私は無意識にはそれに気づいてたいた訳なので、そこに意味を見出すことの意義はあるはずだ。

 

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「麒麟」は「神仏」であって「セルフ」である

 NHK大河ドラマ麒麟がくる」、ついに来週の日曜日が最終回です。

 このドラマでは「麒麟」についてこんな解釈をしている

 『中国の歴史書史記』では、王が仁(徳の一つ)のある治世を行い、穏やかな世になったとき、その王のところに現れる霊獣が麒麟

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 主人公の明智光秀は歴史的事実としては「穏やかな世」を作った人物ではない。織田信長という主君を裏切って政変を起こし、秀吉によって即成敗されてしまうという動乱の渦中にいた人物の象徴と言ってもいい。

 だから「なんで光秀が麒麟?」というのが解せなかった。

 しかし、ここにきてうっすらその謎が解かれつつある。まだ最終回を見なければ分からないが、光秀が「麒麟」を呼び、「家康に託す」という演出になりそうですね。

 まあそれは最終回のお楽しみという事で。

 さて、ここからは私独自の「心理学的」解釈を展開していこうと思います。超、個人的な独断と偏見満載でいきます(笑)

 私はこのドラマの中ですでに麒麟は登場していると見ました。そしてその登場に仕方があまりに「心理学的」というか、もっと言ってしまえば「神仏的」というか……

 光秀は同じ夢に魘(うな)されてました。「夢」というエピソードですから、もう心理学の出番ですよ。

 これは深層心理学的に言えば「行くべき方向が間違っているから軌道修正せよ」という強いメッセージと解釈します。毎日同じ夢ですからね。相当です。そうやって強引に軌道修正を促す存在を心理学では「セルフ(自己)」とよび、我々は(すべてではないが)時に「神仏」と呼びますね。「修正」に気づけなければ何度も何度も「それを分からせるために」それこそ同じ夢を見せたり「いろんな出来事」が現実世界に用意されて(布置されて)いきます。

 そしてこのドラマでは「セルフ(自己)」「神仏」という言葉を使う代わりに「麒麟」とよんだ。だから私はあの光秀の夢は「麒麟」に見せられているんだなと解釈しました。

 そして現実世界でも、それを分からせるために様々な「布置」が出来上がっていきます。その一つが帰蝶の口から発せられた斎藤道三の言葉。

 「父なら信長さまに毒を盛る」

 凄いセリフですね。帰蝶は信長の正妻ですから。

 ちなみにこのドラマでの帰蝶は信長の「名プロデューサ」役になっていてネット記事でも「帰蝶P(Pはプロデューサのこと)」とふざけて?表記されることが多い。最初は「P」ってなんだよ?ミスタイプか?と思ってましたけどプロデューサのことだったんですね(笑)

news.goo.ne.jp

 そして最後が有名なエピソードである宴の席での信長から光秀への理不尽なパワハラ。ここで印象的だったのが、光秀の「夢」と現実の身体がリンクするところ。あの「手刀」を信長に向けて放ってしまうところです(ネット記事では「光秀チョップ」ともう名前がついていた:笑)。

mantan-web.jp

 心理学的に言えば「自我」と「セルフ(自己)」がついにピタリをあってしまったということ。つまりあの瞬間に「本能寺の変」に向かう光秀の心が確定したその瞬間だったという演出でしたね。

 つまり私の解釈では帰蝶のセリフも、信長のパワハラもすべて「麒麟」によって「布置」された避けようもない「出来事」だったという解釈です。

 我ながら、なかなかいい解釈だと思っていますが、どうでしょう?(笑)

 それにしても光秀がだんだん精神的に追い込まれていく長谷川さんの鬼気迫る演技が凄かったですね。

 来週の最終回が今から楽しみです。

 

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女神さまの夢

 今朝見た夢の話です。

 

 特にストーリーがあった訳ではないので「夢」というよりは「映像」と言った方があっていますでしょうか……

 

 ちなみに「夢だ」という自覚があったので所謂「明晰夢」です。

 

 あらかじめ申し上げておくと「霊的な夢」とかではなく「ただの夢」です!だからこれに何か特別な意味があるとか言い出さないので安心してください(笑)

 

 さて、その夢(映像)ですが、とても美しい女神さまが「目の前」に出てきました。咄嗟に荼枳尼天さまかな?と思ったのだけど、頭に倶利伽羅さまを頂いていましたので龍女さまかもしれません。

 

 私に絵心があれば、絵にでも描いてみたいと思うのだが残念ながら無理でございます(実は描いてみたがあまりに下手で途中で辞めました……)

 

 二つの画像をはってみますので、皆さんの想像力で補完してください(笑)

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 くどい様ですが、ホントにただの夢なので「だからなんだ」なんて話は絶対しませんが(笑)とても美しく印象に残る夢でだったので、とても嬉しい気持ちにはなりました。

 

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猫風邪、お陰様で回復しました(=^・^=)

 先に記事にました白猫「みいこ」の重症化してしまった「猫風邪」ですが……

ryona.hatenadiary.jp

 ようやく自分で食事、水をとれるようになりました。まだたまにくクシャミをしますが、本人も気分が良いようで元気に人間の後追いをするまでになりました。

 お顔も少し「シミ」が残っていますが、『美猫』が戻りつつあります!

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私のお腹の上でリラックス⤵

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姉の檸檬も、ずっと不安げでしたが今は安心したようです⤵

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日常が人生を整える

 前の記事で心理学者の「ユング」が好んで話したという「レインメーカ(雨乞い師)」の話題を記事にしたことがあった。

ryona.hatenadiary.jp

 この雨乞い師は「雨を降らそう」ということはせずただ自分の「タオを整える」ことで、それが周りに影響を及ぼし雨乞い師の周りの世界も「整った」ことで「旱(ひでり)」という不調が去り自然に雨が降った……おそらくそんな趣旨の話だと思う。

私がユング好きだからという理由を置いておいても割とこの話が好きで、自身の仏教の修行でも意識している。

 私の場合は「タオイスト」ではないので「タオをと整える」ことが何なのかは知る由もない。またそんなに難しく考える必要もないだろうとも思っている。あくまで私自身の問題にするので。

 私の中では、これを「毎日の密教の行を通じて、自身が整った状態をキープする。さすれば何も悪いことは起きない」と解釈し、そして実践することにしている。

 私はこれでも行者の端くれなので、「密教の行をすることで」ということを中心に置くべきだから、「タオ」でないが、私はこれでいいと自分で納得している。これが普通の信者さんなら「決められた勤行をすること」になるのでしょうか(少し前の私はまさにこうでした)。

 つくづく「日常」が大事だよな、と思う。だって日常は「一過性に頑張って」ということで手に入れられないから。だから実はすごく「日常続けていること」はパワフルだと思うのだ。

 逆に、この「日常」が疎かになって自身が乱れるときっと自分も、周りも悪しきことが起きるのは、むしろ当たり前のような気がする

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 「そんな思い込みをすることで、悪しきことを呼びこむ理由を作ってしまっているんじゃないの?」なんて声も聞こえてきそうだが、私はそれでいいと思っている。

 だって最低限の日常の行が出来ていなければ、そうなるでしょう?と思うから。それすらできずに化他も衆生救済もあったもんでないというぐらいの気概は持っていたい。

 毎日コツコツとして行を続けていれば「めったなことは起こらない」という強い自信が日に日についてくる。これは一過性の慢心とは違うと思う。実際、一朝一夕ではそんな自信はつきませんからね。

 シンプルに「自分を整える修行」を「日常的に続ける」。簡単なようでとても難しい。

 

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家庭用のAED

 家庭用のAEDが発売されるという記事。

 医療機器メーカ勤務の私としても、これは大賛成。

 家庭にAEDが普及すれば、助かる命は確実に増える。

 そう言った意味で至極直接的な「衆生救済」になるのは間違いないですね。

www.watch.impress.co.jp

 前にもAEDに関する記事を書いたことがありました。

ryona.hatenadiary.jp

 

 最近では、家庭用の医療器械はどんどん増えつつありますね。血圧計はもちろんのこと、最近では新型コロナで問題になる「血中酸素飽和度」を計測するパルスオキシメータを購入した人も多い事と思います。

 これらの機械は「医療用(病院向け)」と「家庭用」では金額が一桁、ものによっては二桁違います(例えば病院向けの血圧計は30万程度する)。

 「血圧計」や「パルスオキシメータ」は「医療器械」の分類的には「計測器」ですが、AEDは「治療器」という枠組みになります。

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 「計測器」は壊れても人に危害を加えることはほぼありませんが、治療器は「動かなけれれば」時にそれが原因で人が亡くなります。

 特にAEDはその最たる機械です。だから家庭用だとしても、お手軽に安価で購入するようなもににはならないと想像しますが……できる限り頑張ってほしいですね。

 心臓に疾患のある人に補助が出たりするといいんだけどね。

 

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