前回記事に引き続き、自動書記シリーズ。
「好き」に勝るものはない ―― 夢中になれることを見つけるということ
そのことを一番考えている人が、そのことを一番前に進めることができる。
これは仕事でも趣味でも変わらない、ある種の法則だと感じている。好きなことなら人は一日中それを考えている。義務感で決められた時間だけ取り組む人と、寝ても覚めてもそのことを考えている人とでは、進むスピードに雲泥の差が出る。仕事も同じで、苦痛でなく楽しいと思えるなら、休みなく取り組んでもストレスが溜まるどころか、ただただ充実した毎日が続いていく。趣味でも習い事でも、本質はまったく同じだと思う。
だとすれば、何かを成し遂げるための鍵は結局のところ、
- そのことを一番に考えられること
- 言われなくてもずっと取り組んでいられること
- 楽しくて楽しくてやらずにはいられないこと
この三つをどう見つけるか、ということに尽きるのではないか。
もっとも、仕事でそんな対象に出会えるのは簡単なことではない。多くの人は、どんなに辛くてもお金のために働き続けざるを得ない。これほどの苦痛はないと思う。
私は30年以上サラリーマンをやってきた。今では考えられないような、昭和のイケイケなガバナンス(そんな言葉すら存在しなかった時代だ)のもとで、日夜ボロボロになりながら働いた。いつも辞めたくて辞めたくて、休みの日も気持ちが休まらず、日曜の夜にはいわゆるサザエさんシンドロームに陥っていた。結婚して新婚旅行で一週間オーストラリアに行ったときでさえ、仕事のことが気がかりで心の底から楽しめなかったことを、今でもよく覚えている。
せめてもの救いは、その仕事が「嫌い」ではあっても「向いている仕事」だったということだった。もっとも当時の私にそんな自覚はなく、ただ嫌な仕事を無理やりやっているという感覚しかなかった。なりふり構わず仕事に全振りせざるを得ない環境に身を置いていたせいで、知らず知らずのうちに望みもしない出世街道に乗せられ、責任はどんどん増え、ストレスもますます膨らんでいった。そして期待された先で、病的な上司に目をつけられ、メンタルを病んだ。これは以前にも書いた通りだ。
問題は、この経験は「するべきだったのか」、それとも「避けられるなら避けるべきだったのか」ということだ。
今は同じ会社にいるが、あの過去の経験が高い「実績」として積み重なっていたおかげで、今ではむしろわがままが言える存在になっている。やりたい仕事しかしないというポジションを、結果として勝ち取ったとも言える。何が正解かは今も判断のしようがない。
ただ、今にして思えば、20代から40代まで、いろいろなものを犠牲にして仕事に打ち込み、その結果一日のうちストレスを感じている時間があまりにも多かったあの日々は、やはりもったいなかったと思う。人生でいちばん楽しい時期だったかもしれないのに、ただただきつかっただけなのだから。
あの頃の昭和の空気には、「きついことをしなければ仕事ではない」という価値観、厳しさこそが美徳だという空気感があった。私はこれには同意しない。多くの場合、それは人をただ苦しめているだけで、一部の人間の自己満足やわがままの犠牲になっているだけの構図を、嫌というほど見てきたからだ。あんなものが美徳であるはずがない。事実、その厳しさでつぶれる人間の方が多く、それで上に行く人間は、その「美徳」を押し付けてくる指導のおかげではなく、単にその人自身の能力で上がっているだけという場面を、私は何度も見てきた。そして、そういう人間は、つぶれていった人間を「ダメな人間だった」と切り捨てる。だが、つぶれた人にもそれぞれの人生がある。そのことにまで配慮が及ぶことはない。関心があるのは自分だけ。うんざりする話だ。
だから、そんなきつい人生には私は反対だ。
やはり大切なのは、冒頭で言ったような、夢中になれるものを一日でも早く見つけること。それに集中できるなら、それを仕事にして人生を前に進めていく努力の方が、リスクはあってもおそらく幸せである可能性が高い。
今の自分はただただ、私は自分が楽しくて、誰に言われなくてもやりまくってる。継続せざるを得ないことでいつも忙しくしている。周りからは「よくそんないろんなことを並行してできるね」と、関心というよりは半ば呆れられる。でも私の中では、好きなことにただただ夢中になっているだけなので、何のストレスもない。この歳になったからこそ、それで何の問題もないのだと気づけるが、若いうちにそれに気づくのは難しい。過去の自分を思い返せば、それはよく分かる。
それでも、メンタルまでやられる究極の状態まで自分を追い込んだ経験がある者として、一つだけ言っておきたい。そこまで追い込まれて、一番損をするのは自分だけだということだ。追い込んだ側にはその自覚などまったくないし、会社も最後まで守ってはくれない。最後は、さじを投げられて終わる。
だからこそ、そうならないために――自分ファーストであること。それが何よりも大切なのだと思う。










