東北在住が長かったので、その癖で東京に越してきたからも休日になると郊外型のショッピングモールに割と足を延ばす。
特によく行くのが高尾にある「イーアス」と日の出町になる「イオンモール日の出」。
……で、今日はイオンモール日の出。
妻「蓮奈」は「ゆっくり買い物がしたい」というので、私はその間このイオンモールからほど近い「七星妙見宮」まで歩いて行くことにした。
この「七星妙見宮」は前にも記事にしていますね。
イオンモールから距離にして1.2km。
距離はそれほどでもないが、この社殿は山の上にあるので最後は急な斜面を登り切らないといけないので「散歩」というほど楽ではない。
20分程歩いて隣接する「東光院さま」の境内に入ると、私の先には少し腰の曲がった老婆の姿が見えた。
「あの御歳で、あの急登だいじょうぶかな?」
頂上まで、それほど長い距離ではないが、それでも歩きなれていないと割とキツイとはずだ。
見たところ80歳は超えているであろう老婆ゆえ他人事ながら心配になる。
まあ、そういう私も妻「蓮奈」ほど強脚ではないので、息をきらしながら坂道を登ることになる。
で、途中で「あること」に気付く。
すぐに追いつくであろうと思っていた老婆との距離が一向に縮まらないのだ。
「おや?」と思う。
そしてついには視界から老婆の姿が見えなくなってしまい、一瞬「さっき見た老婆は幻なのではないか?」というバカげた妄想までしてしまった。
私は「ぜいぜい」と息を乱してようやく頂上の社殿に到着したのだが、そこには確かに先ほど見かけた老婆が涼しい顔で参拝していた。
考えられることは一つ。
この老婆ばきっと毎日、ここに参拝にきているだろうということ。
だから例え腰が曲がろうと、恥ずかしながら私よりも「脚力」があったのだ。
日常続けるということは、こういうことだ。
ブログで口酸っぱく(そして偉そうに)「日常、日常」と唱えるのに、こと「低山修行」については全く「日常」になっておらず、その中途半端な自分をまざまざと見えつけられてしまった。
ということで、今日の学び。
1.まだまだ日常すべきことはいくらでもある→今で満足しない。
2.自分の「足りなさ」を謙虚に受け止めるべし。
3.この老婆がこのようなキツイ日常を継続できるのはその中心に「信仰」があるから。
では、また。
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