地道に密教修行

天台寺門宗の祈祷寺院にて密教の修行しております「亮和(りょうな)」と申します。修行、信仰を通じて感じたことなどを綴っていきます。※過去(本格的な修行前)に「地道に観音信仰」というブログを運営しておりました。どうぞ気楽にコメントいただけると嬉しいです!

修行体験記①三千仏礼拝

 修行の体験談をシリーズ化して書いていこうと思います。

 いままでは結構「慎重路線」で記事は書いていました。ただこのシリーズは自身の修行なので「個人的な解釈」が大いに出てきます。よってそんな解釈はあくまで「私が修行しながらそう感じた」という試行錯誤の主観ですから鵜呑みにはしないでくださいね(笑)

 

 さて、第一弾は「三千仏礼拝」です。

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一門では、得度するとすぐに三千仏礼拝を行います。

 この行をされた方は、誰もが知っての通り肉体的にも精神的にもかなりキツイ行です。

 五体投地礼を三千回繰り返すといことは、肉体的にはスクワットを三千回やるよりもきつい動作になりますから脚の筋肉がボロボロになります。さらに人間は「起立」→「頭を地につける」という動作の繰り返しは「血圧」がいちいち大きく変動しますので循環動態という意味においても身体に結構な負荷を強いることになります。

 ご年配の方もいますので特別に配慮して最大一か月(一日百仏礼拝)までということになっていました。ただ正規には一日千仏礼拝×三日です。行者を目指すものは基本この正規の日程で終わらせるのが暗黙の了解のようになっていました。

 しかも比叡山行院では一日でやるという話もありましたので、三日でも優しい方だという。

 私はこれを聞いてこの行の本質を見誤り「痛い目」を見ることになります。

 この時の私はキックボクシングのジムに通っていたので体力的には大いに自信がありました。

だから思った訳です。

「一日で充分だろう」

 間違った慢心です。

 当時の未熟すぎる私はこの行を「スクワット」と変わらない体力勝負だと勘違してしまったのです。

 この行は、基本的に「祭壇の前」で行う訳ですが、当時の我が家には「本堂」と呼ばれるほどのスペースがなかったので三つの小さな祭壇が分かれてありました。

 曰く「准胝仏母の祭壇」「六字観音の祭壇」「聖天さまのお札を祭る祭壇」です。

 私は三千仏礼拝なら、ちょうど三つある祭壇の前で、それぞれ千仏礼拝をすればいいと考えました。

 順番としては「六字観音」→「聖天さま」→「准胝仏母」。ラストは本尊の准胝さまで満行する算段でした。

 体力には自信があったので「六字観音」「聖天さま」の前での二千仏礼拝までは比較的順調に進みました。

 しかしラストの「准胝仏母」の前で礼拝を初めてすぐに体調に異変をきたします。突然眩暈と吐き気に行を続けることが困難になったのです。二千仏をすでに終えていたので「疲れが出た」のかもしれませんが、それにしてもいきなりの体調不良に困惑します。

 准胝さまの仏画の前で座りんでしまい、私は「どういう事ですか?」と問いかけながらすがるように准胝さまの顔を見ます。

 すると全身から「ゾワゾワ」と鳥肌が立つのを感じました。


 その時、私は「あ、しまった。なんか間違った」と直感的に感じました。その直後に、ある「言葉」が頭に浮かんで自分の中で「その理由」は概ね理解しました。

 その時浮かんだ言葉が「滅罪」です。

「そうだ、准胝さまは滅罪の功徳がめっぽう強いんだった……こんな急激に滅罪を進めたら未熟な私が耐えられるはずがない」

 すぐにそこまでの解釈にたどりつきました。

 曲がりなりにも当時、准胝尊への信仰は篤かったので、一番繋がりやすいであろう准胝尊前で行をした瞬間、滅罪という「験」が強烈に放出してしまった。当然それに伴う反動も強烈なものになった……そんな理解がスルスルと頭に入り込んできました。


「そうか、それを准胝さまは「眩暈」「吐き気」というシグナルで教えてくれたんだ。ここからは一気に礼拝のペースを落とすべきだ」

 私はこのシグナルをそう解釈して、ただちに行の修正を行いました。ペースを落としつつも、その後も何度も具合が悪くなり「だましだまし」なんとか行を終えることができます。

 結局一日で終わらす予定だった三千仏礼拝は二日かかることになりました。

 そして、この時に准胝さまから「グサリ」と埋め込まれた「楔」が、後々まで影響してくるとにまだこの時には気づいていません。

 これはまだまだ「序章」にすぎなかったことを後から知ることになります。

 

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