言葉の力とは何か?
「講師」という職業柄、よくそんなことを考える。
確かに活舌がよかったり、間の取り方が絶妙だったり、話の組み立てが上手だったり、声の強弱で話に抑揚をつけたり、そんな「話の上手な人」の話は聞きやすい。
ただ「それだけじゃないな」という経験をした。
私が八王子に引っ越すにあたり、いくつかの不動産屋さんを訪ねた。そこである若い(おそらく新人の)社員の方が、担当してくれたことがあった。
候補の物件に着いてから、彼は色々とその家の説明をしてくれたが、まだまだ経験が足りないのであろうか、彼の説明はたどたどしく、質問しても的確な答えが返ってこない。
正直その物件の良しあしも、その説明が悪いものだから「いまいち」に感じていた。
物件を見終わった帰り道、車で駅まで送ってもらう道すがら彼は必死に「話をつなごう」と色々と話かけてきた。
「八王子は初めてですか?」
「ええ、そうですよ」
「私は生まれてからずっと八王子なんです」
「はあ、そうなんですね」
私は特にその話に興味はなかったから、話を合わせて心ない返事をしていた。しかし、その後彼が放った言葉に「はっ」とした。
「八王子はいいところですよ」
ごくごくありふれたセリフだ。
ただ、彼はこの場に不釣り合いな程に満面の笑みでそう言った。だから……その言葉だけは他のどんな言葉より説得力をもって私の心に響いた。
それまでの彼の言葉は、たどただどしかったり、自信がなかったり……
でもこの一言だけは違っていた。
この笑みの正体は……
彼がこの八王子という土地で過ごした幼少期、少年時代、そして今に至るまでの時間がきっと「いい思い出ばかりだった」に違いないのだろう、と言うことが多くを語らずともダイレクトに伝ってきた。
この時、私の頭のなかには「楽しい思い出の風景」で笑う彼の姿がありありと思い浮かんでいた。
私はそんな想像の中の彼の表情につられて、いつの間にか笑顔になっていた。
ああ、この土地に来てよかったな……
そして、私はその時、確かにそう思ってしまった。
「八王子はいいところですよ」
この時に見せた嘘偽りない笑顔。それが、この言葉が嘘偽りないことを雄弁に物語ったのだ。
新人の、そして説明下手な彼のその時の一言は、人の心を動かすだけの力が確かにあった。
★ご相談はこちらから★
記事が面白かったら
クリック↓お願いします!