僧侶としての自分
ビジネスパーソンとしての自分
修行者である自分にとっては、この立場の違いを「水と油」のように極端な立場の違いと捉えるということは全く間違っていると思っている。
その心は、自分に与えられた環境と言うのは、必要があって用意された環境と捉えるからだ。それは「縁」でもあり「業」でもあるのであろうと思う。
その与えられた環境でもまれること。それで修行が進む。
さて、これはこれとして……今日話がしたいのはこのことではない。
例えば修行者仲間といる場面と会社の同僚といる場面。
自身の価値観を調節して話をしている。時に意識的に、多くは無意識に。
より顕著なのは、「不思議」の話。修行者としての私からすれば不思議があって当たり前の世界であって、修行者と話すときはそれが当然の共通認識となっている。
ただ会社の同僚と話すときは、時にこういった話が好きな人もいたりするが多くの場合は「不思議は存在しない」という価値観の中に身を置くことになる。
これは人によると思うが、私個人に限っては、この「価値観の違うコミュニティー」を行ったり来たりすることは、自身の「不思議」に対してバランス感覚を養うのに貢献していると思っている。
信者様と話をする時も、この価値観には大きな振れ幅がある。「不思議大好き」な人もいれば優秀なビジネスパーソンで地に足のついたスタンスで不思議と向き合う人もいる。
仏教は本来的に対機説法である訳だから一つの価値観で押し切るより信者さんの立場にあった価値観で向き合うのがベターなはずだ。
私は、ビジネスパーソンとして費やしてきて時間が長すぎるので「不思議を簡単には肯定しない」というスタンスに立ちやすい。だから不思議を妄信するという人に対した時は、ブレーキ役としてよく機能する。いやな顔されるが(笑)
でも、自身が行をする時には「不思議は簡単に信じない」というマインドブロックは完全解除するようにしている。でないと神仏に繋がるなんてできっこない。
この切り替えは時に極端なのだが、個人的にはこれもまた修行とは思っている。
「どれが正解」とういのはなかなか難しいが、皆さんも自身の価値観を妄信することなくある程度、第三者的な立場から俯瞰する(いわゆるメタ認知)ことも必要なことと思う。
ではまた。
祈願のお申込みについて
本院で承っている祈願につきまして、以下解説ページから。
本尊准胝仏母祈願(¥5,000~)
当院のご本尊である准胝仏母さまの祈願です。滅罪、延命、求子に強いご尊格です。
荼枳尼天尊祈願(¥2,000~)
荼枳尼天とはお稲荷さまの仏教でも呼び名です。
商売繁盛、学業増進、立身出世など増益につよいご神さまです
病気平癒、健康維持にとてもよく効く祈祷で、お加持をした「お札」を毎日枕の下に入れてその札に「悪いもの」を吸い取ってもらうように機能させます。人によっては患部に当てるよう袋を作ってお守りのようにしている方もいます。不動明王による祈祷を行いますが、当院では延命に強い准胝仏母の力もお借りして祈祷致します。
光明真言にによる供養(光明供)にて、ご先祖供養を致します。光明真言には強い滅罪の功徳がございます。
(「どんな衆生でも救う」という使命を持って誕生した慈悲深い菩薩さまです。皆様の願いを菩薩さまにお伝えするお手伝いをします)
年始(旧正月)に「星祭」を行い、祈祷札をお出ししておりますが、随時「星祈祷」をお受けしています。
※不動尊華水供を修法致します。
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