准胝院のブログ

八王子市で准胝仏母を本尊とする天台寺門宗祈願寺院「准胝院」のブログです。准胝仏母祈願、不動明王祈願、人型加持(当病平癒)、先祖供養(光明供)、願いを叶える祈願(多羅菩薩)、荼枳尼天尊(稲荷)の増益祈願等

文殊菩薩は少年である

 文殊菩薩のお姿は少年ということは案外知らない人が多いと思います。
 また仏教の尊格の中でも明確に「少年」という事をうたう尊格はレアだと思います。
 余談だが、美術品という切り口で、「少年の姿をした仏像」で、真っ先に思い浮かぶのは「興福寺の阿修羅像」だと思いますが、実際の阿修羅は軍神であり雷神であったインドラ(帝釈天)に来る日も戦いを挑み続ける戦闘神で、あのような憂いのある少年像とはかけ離れている。あの大人気のお姿は発願者で光明皇后聖武天皇との間に授かり、生後1年足らずで夭折した第1皇子「基王」の姿を偲んだからと言われる。
 さて、文殊菩薩智慧の尊格であることを前回の記事で触れた。ここまでは多くの人が知るところだと思うが、「少年尊(童子神)」として「文殊」にどんな意味が付されているか?を意識する人はあまりないように思う。だから今回は少年尊(童子神)としての文殊に少し迫ってみようと思う。
  例えば『文殊儀軌』等の密教の儀軌の中で、文殊菩薩は「童子の姿」で描写される。そして、それは『純粋な智慧と清浄な精神を象徴』を意味するものと捉えられている。同様に『大日経』では文殊菩薩は、少し難しい言葉を使うなら「密教の五智」の一つである「妙観察智」を象徴する菩薩として登場します。この経典でもやはり文殊菩薩が「清らかな精神を持つ存在」として描かれています。
 つまり文殊菩薩童子の姿である理由は、『智慧の純粋さ』を強調するものであり、それが密教の修行において重要な役割を果たしていると捉えられているということでしょう。
 だから文殊菩薩は清らかな童子の姿である必要があると。ちなみに「清浄」というキーワードが強調される尊格で、個人的に真っ先に思い浮かぶのは……言わずもがな、准胝仏母です。准胝をcundiと訳した場合にはその意味は「清浄」になります。
まずは以上が、文殊童子形である基本的な答えになると思いますが、今回はもう少し踏み込んで上述とは全く違った切り口での「説」にも触れたいと思います。
 文殊菩薩がなぜ「少年の姿なのか?」ということについては、スカンダとの共通点が指摘されています(参考:インド密教の仏たち 第三章「文殊」)。スカンダとは、皆様の興味のある尊格に登場してもらうとガネーシャ(ヴィナーヤカ)の兄がスカンダとなります。また日本の仏教の尊格で言えば「韋駄天」であり「倶摩羅天」のことです(韋駄天と倶摩羅天は同じ尊格です)。
 さて、スカンダの説明をすればこんな感じです。

『戦の神(武神)であり、常に若々しい少年神として描かれます。南インドやタミル文化では、スカンダは強力な戦士でありながら、純粋で知恵深い存在として崇拝されています。彼は孔雀に乗り、槍を持つ姿で描かれることが多く、英雄的で勇敢な存在です。』

 これを読むと「純粋で知恵深い」という説明はまさに文殊菩薩と共通しています。しかしスカンダにあって文殊菩薩にないものがあります。それはなんでしょうか?上の文章を見れば一目瞭然です。「戦の神、武神」という性質です。文殊菩薩が戦の神というのはとんとききません。
 この答えとして、上で紹介した森雅秀先生の「インド密教の仏たち 第三章「文殊」」を引用してみます。

『スカンダをはじめとする童子神は、若々しさとともに恐ろしさをあわせもっている。永遠の若者としてイメージされながら、一方では子どもの誕生を司り、小児の命を容赦なく奪う。仏教の童子神である文殊は、智慧のほとけというイメージが定着し、畏怖すべき尊格としての性格は、その忿怒形とされる※1ヤマーンタカにもっぱら集約されている。しかし、文殊そのものが恐ろしい存在であることは、いくつかの大乗経典に見ることができる。たとえば『大宝積経』第三十六会「善住意天子会」では、魔たちが「たとえ百千万億の仏の名を聞くことがあっても、文殊ひとりの名を聞きたいとは思わない」と告白し、仏陀に対して泣きつくシーンがある(引用:「インド密教の仏たち」森雅秀著(春秋社))』

 ※1:ヤマーンタカとは日本の密教でいうところの「大威徳明王」。三輪身説によれば、大威徳明王阿弥陀如来(自性輪身)、文殊菩薩(正法輪身)に対応する教令輪身で、阿弥陀文殊が人々を教え導くために敢えて恐ろしげな姿をとったものとされる。ちなみに金剛界曼荼羅阿弥陀如来がなぜ孔雀に騎乗するのか疑問に思った方もいると思うが、文殊とスカンダの関連からスカンダ=倶摩羅天ということに気付ければその乗り物である孔雀が阿弥陀如来と登場することに違和感は全くない。
 以上のことをふまえれば文殊菩薩にも武神としての属性が内包されていることになり、上述したように文殊の忿怒身である大威徳明王の姿をとらずとも十分に「魔がおびえる存在」であると理解してよさそうだ。そう考えると例えば恐ろしい女神として名高い荼枳尼天の本地が文殊菩薩であることにも全くもって納得がいくのである。
 さてさて、今回の考察で荼枳尼天の本地として文殊菩薩を拝むことに多くのヒントを得ることができた。その少年姿である文殊菩薩作成、なんとか今月には仕上げたい。

↓イケメンの少年姿になってきた!?

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