准胝院のブログ

八王子市で准胝仏母を本尊とする天台寺門宗祈願寺院「准胝院」のブログです。准胝仏母祈願、不動明王祈願、人型加持(当病平癒)、先祖供養(光明供)、願いを叶える祈願(多羅菩薩)、荼枳尼天尊(稲荷)の増益祈願等

錯覚でも「愛」は「愛」

特に母の命日というわけではない。けれど、ふと母の臨終の場面を思い出した。そして、一つの「気づき」があったので言葉にしてみたい。

母は大腸がんで亡くなりましたが、亡くなるわずか二週間前まではごくごく普通に会話もできていた。だから「危篤」と聞いて病室で再会したときの姿には言葉を失いました。酸素マスクをつけ、やせ細り、目を見開いたままの母。意識があるのかどうかも分からず、まるで人形のように見えた。その瞬間、私は「ああ、本当に母に“死”が近いんだ」と悟りました。

けれど、そのあと母が見せたのは、驚くほど人間味のあるリアクションでした。家族がひとり、またひとりと病室に入って声をかけると、かすかに笑おうとする。その表情を見た瞬間、私は少しだけほっとしたのを覚えています。

……そんな母の表情を見ているうちに気づいた。その“笑い方”、相手によってけっこう違うということに。

例えば三男(母のお気に入り)が声をかけると、明らかに嬉しそう。三男は一番おとなしいが、母に対しては特に優しかった。それを見た兄たちは、思うところがあるのか微妙に苦笑。

意外だったのが、一番強いリアクションを見せたのは――父でした。あれほど日常では文句を言っていたのに、いざその瞬間になると、一番笑顔になったのは父が声をかけた瞬間でした。一番長い時間を過ごした夫婦の愛とはかようなものかと思った。

さて、そして私の番です。反応は……まあ、控えめ。“あら来たのね”くらいのテンション。正直、これは少し驚いた。「え、俺が一番じゃないの?そんな扱い?」と思ったわけです。

でも、そこでなぜか不思議な安堵を感じたんです。

上述したように私はずっと、母に最大限に愛されて育ったと思ってきました。母の「薄い」リアクションを見て、その“思い込み”が本当に正しかったかが分からなくなりましたけど(笑)けれど――そこに「気づき」があったんです。その私の思い込みをつくってくれたのは、ほかでもない母であるということに。

これは間違いない事実。ポイントは私がどう受け止めていたかということ。

思い返せば私は、幼稚園に上がるまで体がとても弱く、ひと月まるまる登園できたことがほとんどなかった。熱を出すたび、母は夜通し付き添い、おでこに手を当てては「大丈夫、大丈夫」と声をかけてくれた。その光景が、きっと私の原風景になっているんだと思います。

だから私は、“母にとって特別だった”と信じて疑わなかった。今にして思えば、それが勘違いでもいい。その勘違いを生み出すほどの愛情を注いでくれたのは事実であり、それによって私は、世界を肯定できる人間でいることができた。

ただ、残念ながら世の中には逆のパターンもありますね。たとえ親が愛情深く育てても、子どもが「自分は愛されていない」と感じてしまう場合。根強い「自己肯定感の低さ」から人を信用できない人は多く見てきた。愛情の“量”よりも、“受け取る心の形”がずれているだけで、結果はまったく違ってしまうこともある。

母のリアクションを思い出すたび、私は少し笑いながら、少しだけ背筋を伸ばします。あの人が私の中に植えてくれた“錯覚のような確信”が、今も私を支えているのだから。

そして、今の私は三人の息子の父親になった。それぞれに愛情をかけてきたつもりだが、彼らがどう受け取っているかは、正直わからない。もしかしたら母のときの私のように、それぞれの中で“思い込み”や“勘違い”が育っているのかもしれない。根がわくば自己肯定感を下げるような勘違いがなかったと思いたい。

三人ともすでに社会人として、それぞれに一人前になった。ただ、結果がどうであったかは、もう私が決めることではない。これから先、彼ら自身が感じていくことなのだと思う。

正直、私には分からない。もしかすると、私は知らないうちに彼らの自己肯定感を下げてしまっているかもしれない。それでも、分からないままに“こうあってほしい”と願いを込めてしまう。その願いが、時に親のエゴであり、身勝手さでもあることを知りながら。

でも――それでも、やっぱり願ってしまう。彼らが私の干渉すら笑って乗り越えるような、そんな“強者”になってくれたらいいと。

その矛盾こそが、親という生き物の業(ごう)なのかもしれません。母もきっと、そんな身勝手さを抱えたまま、あのとき、私に微笑んでいたのだと思います。

 

祈願のお申込みについて

 本院で承っている祈願につきまして、以下解説ページから。

本尊准胝仏母祈願

当院のご本尊である准胝仏母さまの祈願です。滅罪、延命、求子に強いご尊格です。

 荼枳尼天尊祈願

荼枳尼天とはお稲荷さまの仏教でも呼び名です。

商売繁盛、学業増進、立身出世など増益につよいご神さまです

人型加持

 病気平癒、健康維持にとてもよく効く祈祷で、お加持をした「お札」を毎日枕の下に入れてその札に「悪いもの」を吸い取ってもらうように機能させます。人によっては患部に当てるよう袋を作ってお守りのようにしている方もいます。不動明王による祈祷を行いますが、当院では延命に強い准胝仏母の力もお借りして祈祷致します。

 文殊菩薩祈願

「三人寄らば文殊の知恵」というように智慧を象徴する尊格です。学業増進祈祷、無明を断ち切る祈祷などでお力をいただけます。受験用のお守りもお出ししています。

先祖供養・家族の敬愛祈願

光明真言にによる供養(光明供)にて、ご先祖供養を致します。光明真言には強い滅罪の功徳がございます。祈願を叶えるには先祖供養がしっかりできているのが大前提です。

多羅菩薩(ターラー菩薩)祈願

(「どんな衆生でも救う」という使命を持って誕生した慈悲深い菩薩さまです。皆様の願いを菩薩さまにお伝えするお手伝いをします)

星祈祷

年始(旧正月)に「星祭」を行い、祈祷札をお出ししておりますが、随時「星祈祷」をお受けしています。

不動明王祈願 

不動尊華水供を修法致します。

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JYUNTEIIN@gmail.com

 

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